茨城県日立市で午前中の仕事を終え常磐道で都内へ戻る途中、妙なムラつきを覚え東海村を目指す事にした。
茨城県北東に位置する海沿いの村。高速で1時間も走れば福島県に到達する。
そんな東海村の名前を聞くとやはり原発を連想する人が多いかもしれない。
1957年、「日本で最初に原子力の火が灯った地」として、原発はもちろんの事、原子力に関わる関連施設も多数ある、まさに原子力の街。
過去には臨界事故もあったことからこの街の名前を聞くと未だにネガティブなオーラを感じてしまう俺を許して欲しい。
「本当のところはどうなのか」
イメージだけが膨らんでいるという、ある意味では奥ゆかしい街。そんなところにあるネンキの入った定食屋で飯が食ってみたい。住んでいる人の話が聞いてみたい・・
その欲求に抗えず、仕事をサボってデロリ途中下車の旅である。
果たせるかな、そこは「村」の名に恥じぬ程度に閑散としており、期待通りの活気の無さ。
その割にやたらと立派な巨大建造物だけは多く、先入観によるものだろうが、何か異様な雰囲気を醸し出している。
港湾近く、つまり原発からも近い場所に来るとコンビニすら無く、最短距離でそこを通過する為の広い道路があるだけだ。
お昼の12時半。
そんな路沿いに中華料理店を発見。
ネンキの入った外観が気に入って・・・・と言いたいところだが、この界隈、他にほとんど飲食店が無く、一者択一、仕方なく入ったのが正直なところ。
ランチタイムで一番忙しい時間帯と思われたが、中に誰もいない。
客はもちろんの事、店主の姿も。
遠慮気味の「こんにちは」を二度店内に響かせると、奥から「はいい・・?」と小柄な70代手前と思しき男性が姿を現す。
まさに第一村人発見であるが、お客相手に「はいい・・?」とは恐れ入りました。
ともかく飯が食えそうでなによりである。
店主は俺が客であると認めると、わたわたとストーブに火をつけたり、調理器具の準備をしたりなど。そしてその5分後に突然こちらを向き直り「いらっしゃい」と微笑む。
(ギネス級の一人時間差攻撃に完全に虚をつかれ、俺は反応することが出来なかった)
色んな準備がこれからというのは明白で、とりわけそのセッティングに時間がかかったのは店内BGM用のカセット。
調子が悪いらしく、10分近く四苦八苦しているのを「あ、あのう、音楽は良いですよぉ・・・?」と気をつかった俺に対し店主、
「聴きたい曲があるもんで・・」
「俺には聴きたい曲がある。」ハッキリとそう言った。ヤダ、男らしい。詳しくは解説しないが、つまりそういうことである。
しかし10分以上キュルルルルなど、カセットをいじり倒した結果、復調の兆しは見えず店主は「聴きたい曲」を諦めラジオを選択。
タイミングの妙というべきか、ラジオから流れてきたのはBeyonceだった。
どう考えてもこの日来た客は俺だけである。
(迷惑だっただろうか・・・)
静かな店内に響くBeyonceをBGMに、客一人の為にしては随分と大仰な準備を続ける店主の背中を見るとそう思えてしょうがない。
奥から「カンカンカン!」なる、製造業を思わせる謎の打撃音が聞こえてきたりなんかして、今まさに俺のためだけにこの店の何かが動き出そうとしている。
妙な後ろめたさもあり、せっかく作ってもらうのならば・・・という勝手な責任感から「一番高いの」を頼むべきかと思い、
「ラーメンセットください」
たかだか1,200円の小さな気遣いだ。
「お客さん、ひょっとして、東京からスかネ」
料理をしながら、背中で話しかけてくる店主。
杞憂だったのか、いざ料理を作り始めると人懐っこく話しかけてくる。
迷惑どころか、ひょっとしたら寂しかったのだろうか。
「ええ、何で分かったんですか」
≪この辺にはそんなシャレたメガネをしているヤツはいない≫というよく分からない理由だったので残念ながらシカトしてしまったが、それをきっかけに店主は色々と話しかけてくるようになった。
聞けばこの店主、元々は東京でも様々な仕事をしていたが、あるとき東京での仕事を辞めて40年前にこの地に店をかまえたのだそうだ。
仕事を転々とし、苦労も多かったであろう店主の口からはことあるごとに、「カネ儲けの仕組みを知ったものが勝ち」という妙にシニカルな言葉がリピートされる。
店主はポツリと言った。
「ま、俺はこういう店が合ってんだケド」
その後も話題に上った日本経済や国際問題について、知ってる範囲でテキトーに相槌を打っていると、気を良くした店主は強度の茨城弁訛りでまくし立てる。
何を言っているのかまったく分からないが、最後に必ず「なあ、アンタも分かッペよ?」と聞いてくるので「そうですね」「まったくその通り」「全肯定!」などと続けていると、最後になぜかヤクルトのニセモノを貰った。
準備の時間と、前座のトークタイムの後、入店してから大分経ちようやくこの日の主役ラーメンセット御大が登場。
チャーハンはベチョっとしていて、醤油ラーメンは少し味が濃かったが、俺のために準備して作ってくれたもの。温かかった。
(分かッペよ・・・・)
なぜか店主に至近距離で見守られながらラーメンセットを食べる15分間。
「またきます」という俺に「ほんとかな」と言いながら店主が渡したお釣りには100円玉が一つ少なかったが、まあコレは多分ヤクルトのニセモノ代。カネ儲けの仕組みを知ったものが勝ちなのである。
それよりも、あの日の食事には100円多く払う価値があったように思う。
ごちそうさまでした。
(zukkini)