〈2017年度 株式会社ゲロホールディングス 入社試験 言語〉

 

【問1】

 

次の文章を読み、回答欄を埋めなさい。

 


 

学生時代、僕は宅配寿司のバイトをしていた。

美味しいお寿司をご家庭に届けるという、医者の次くらいに大事な仕事だ。

 

僕はこのバイトがすごく好きで、大学の4年間丸々勤めあげた。4年の間には、寿司を積まずに配達に出る「ドライブ」という技も2回ほど決めた事がある。お客様を最も驚かせる高度な技だ。

仕事中のほとんどは1人で運転してればよくて、時給も良い。接客もお客さんの家のみで、そこそこ高い宅配寿司を注文するなんてそれなりにめでたい時だったりするので、お客様は到着段階で「待ってました!」と言わんばかりの笑顔。綺麗に並べられたお寿司を見てまた笑顔。お子さんが「お寿司ありがとー!」とか言ってきて僕も笑顔。

人間関係も良く、賄いにお寿司を食べることが出来る。天国みたいなバイトだった。

 

 

今日はそんなバイトの、醜く小さい話をしましょう。

 

 

1/12スケール ジャイロキャノピー01 標準車

 

配達は主に、皆さまも街中でご覧になった事があると思うが、ジャイロと呼ばれる後ろに棚みたいなのが付いた原付で行われる。

店にジャイロは5台あった。微妙に個体差はあるものの、性能にそんなに違いは無い。

 

一台だけ乗せれる容量が少ないのがあるが、それは普段「最近、幸せそうなご家庭に行くとつらい気持ちになるんだ」と言ってるこの仕事に向いていない店長が乗るので問題なかった。

 

問題はヘルメットだ。

店のヘルメットは何故か統一されてなくて、A、B、Cの3種類があった。

 

 

・Aのヘルメットはすごく良かった。

 

 

 

 

 

 

※イメージ図

 

しっかり頭にフィットするし、見た目もかっこいい。UVカットシールドとかいうのが付いていて、日焼けしないし夕焼けも眩しくない。しっかりフィットして前面も隠れるのでので運転中大声で歌えて楽しい。

これが3つ。

 

 

 

 

・Bヘルメットはあまり使いたくなかった。

※イメージ図

頭が大きい店長が買ってきたやけに大きいヘルメットだ。固定してもグラグラしてうざく、シールドっぽいものが付いてると思ったらただのプラ板で無駄に反射して眩しいものだった。あとサイズのせいなんだけど妙に頭だけでかくなるからダサかった。買ってきた店長も使うのを嫌がるくらいダサかった。

これが1つ。

 

 

 

・Cヘルメットは完全に終わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※イメージ図

昔にAヘルメットがぶっ壊れて本部から送られてきたヘルメットなのだが、何でこんなものが送られてくるのか僕らは頭を抱えた。田舎の中学生が自転車で使うようなレベルのやつだった。サイズも妙に小さく、なんかしっかり固定しても頭の上にちょこんと乗っかっているような印象を受ける。

何よりもデザインが終わっていて、とにかくダサく、横にでっかく「寿司」と書いてあるのも嫌だし、白を基調としているのに頭頂部だけ縦長に赤色で、「もしかしてマグロのにぎりをイメージしてるのか」という不安も付きまとう。信号待ちとかしてると地元の小学生から「寿司!」「寿司!」とか煽られる

これが1つ。

 

 

 

 

計3種5個。ジャイロと同じ数存在した。

 

当然みんなAヘルメットを使いたい。絶対に使いたい。Cヘルメットになんかなった日にゃあ1日不快な思いで過ごすことになる。なので来た順から早い者勝ちでA、B、Cと使っていく。

そして、Aヘルメットへの羨望からか、B,Cヘルメットへの嫌忌からか、他の人のAヘルメットと自分のBやCヘルメットをすり替え、何食わぬ顔で配達に向かう輩が発生する――

 

 

 

 

 

 

【登場人物】

 

マキヤ……筆者

 

手塚……Aメットに対する執着心が最も高い。ヘルメット確保の為、朝に店が開く前から並んでいる狂(クルイ)。朝、しょっちゅうAメット着用状態で「これ僕のだよ」と見せつけるようにオイルチェックをしている。オイルチェックにメットいらないだろと思われている。

 

店長……あまり配達に出ないので、ヘルメットを確保していない事もある。Bを買ってきた張本人のくせにBを使いたがらない。たまにしか配達に出ない事を理由に、人が確保したメットを勝手に使うシーフ。

 

横島……何か些細なことでも細かく追及し、問題が起きたら解決するまで諦めない。その熱意溢れる性格が災いし、食材の仕込みとかをする女子高生たちに「初キスはいつだ」と追求し続けた事でものすごく嫌われている。

 

吉崎……この話の数カ月後、「あまりに白くて綺麗だったので」という理由でお客様の家におしっこをしてクビになる。

 

 

08:45

 

 

「おはようー」

「あ、おはよう」

 

15分前に出勤すると、手塚君が見せつけるようにAヘルメットを付けてオイルのチェックをしていた。朝から妙にムカつく、いつもの光景だ。

今日はまだAが残っているだろうか……と少し不安になりながらも自転車を停めたところで、横島がユニフォーム姿で出てきた。

 

まずい、あと1つだけか、店長は店を開けるから早くに出勤するが、予約状況によっては配達に出ないからヘルメットを確保していない事も多い。今日はどちらだろう。

吉崎は……まだ来ていないかな……?

休憩室に上がり、吉崎の靴を確認する。良かった。どうやらまだ来ていないようだ。

 

 

僕たちデリバリースタッフは、配達開始時間の1時間前である9時に出勤する。

出勤したらまず免許を見せてジャイロのキーを受け取り、ヘルメットを確保する。キーはストラップ状になっていて、朝受け取った鍵は帰るまでずっと使うことになる。

その後オイルやらガソリンやらをチェックするのだが、その際、チェックシートみたいなものをちゃんと埋めないとと配達に行けない。◯を書けばいいだけのはず箇所に何故か小さいシールを貼らないといけない。面倒だがそういうものだった。

 

 

9:05

 

バイクの状態チェックシートを埋めながら不満が高まる。

前日このジャイロを使ったのは誰だ。オイルもガソリンもほぼ残っていない。どうしてこの状態で終えれるんだ。次の人の事を考えれない奴はダメだ。そう思って前日のチェックシートを見たら前日も僕だった。そうだギリギリに配達が入って早く帰りたかったんだった。そういう日もあるよね。

 

自業自得のオイル補充をしていたら、フランクフルトを食べながら吉崎が出勤してきた。完全に遅刻だ。どうして遅刻しているのにフランクフルトを食べながら出勤して来れるんだ。どういう神経してるんだ。頭がおかしい。

ヘルメットをずらし、吉崎に声をかける。

 

「今日はお前がCヘルメットだな」

「えっ!? マジっすか!」

 

遅刻しているのに何を驚いているのかわからないが、今日のヘルメット分けも決まった。遅刻者が居ると配達時間がズレてしまう可能性があって厄介だが、Cメットを使うのであれば強く罰せられることは無い。それ自体が罰なのだ。

 

9:15

配達は10時から始まる、11時くらいから忙しくなる。それまでに前日に配達した桶を回収して帰ってこなくてはいけない。

 

地図で道を確認し、今日は10件近く回収しないといけないので戻り時間を10:15に設定した。入ったばかりの頃は全然道が覚えられなかったが、1年もやれば10件くらいのはしごは余裕になっていた。手塚も1年くらいやっているのだが彼は4件が限界で、4件のくせにまだ地図を確認してた。早く来た意味。

ベテランの横島はもう配達に出ていたようで、吉崎は店長に怒られながらオイルチェックを急いでやっていた。

 

「いってきまーす」

 

そこそこ日差しは強かったが、やはりAヘルメットは格別だ。眩しくない。かぶっていて頭に不快感が無い。順調にサクサクと桶を回収する。ちなみにお客様の手で桶が洗ってあると凄く嬉しいです。

 

10:10

 

桶回収も予定通り終わった

駐車場にジャイロを停め、皆さん同様、ジャイロの椅子の所にヘルメットを乗せる

そして店に入ると、手塚と横島がケンカをしていた。

 

「だから、僕は一番早く来て、Aを確保してたんですよ!! 桶回収行く前に変えられたんです!」

「うるせえよ、仕方ねえだろ。早く配達行けよ」

 

手塚はBヘルメットを持ちながら抗議していた。

地図の確認に時間がかかり、店を出るのが1番遅かった手塚がようやく桶回収に向かおうとした所、ヘルメットがA→Bになっていたらしい。そして他のバイクは全員出ていたので犯人はわからない。

 

「誰かがすり替えたんですよ! 僕のと!」

「いいからとりあえずそれで行けよ!」

 

横島はイライラしていた。横島の何事も追求したがる性格は、自分が興味ない事には一切発揮されない。

また、デリバリーという仕事の性質上、すり替えが行われても犯人を探すのは結構難しい。僕らはあんまり店にいないからだ。

 

常に配達に出ているので、店には商品を取りに寄るだけだ。次の配達を確認して、すぐに出る。担当する配達案件はある程度決まっているので、到着から出発までのスパンも早い。時間に余裕があれば桶を洗ったり仕込みの手伝いをしたりするが、14時~の昼休憩まで、全員が揃うことはない。同じシフトの奴と半日会わないなんて事もザラだ。全員が揃えば一目瞭然だが、ずっとそうならないのだ

 

「手塚はこれ、マキヤはこれに行け」

 

何故か仕切ってくる横島の指示で、僕は寿司を荷台に詰めた。手塚が隣で寿司を詰めながら、ブツブツと呟いていた

 

「僕はAヘルメットを取ったんだ、その為に早く来たんだ、なのに」

 

ヘルメットはすり替えられるとめちゃくちゃムカつく。犯人がすぐにわからないという仕組みも怒りを増長させる。

日焼けなのか怒りなのか、顔が赤い。

そしてその怒りは、どこに向くか――

 

「絶対アイツだ、アイツがすり替えたんだ。許さねえ」

 

そう言って手塚は、横島のジャイロにあったAヘルメットを、持っていたBヘルメットとすり替え、配達に向かった。

 

 

もう、止まらない

 

負のドミノは倒れてしまった

 

 

 

10:45

 

 

店に戻ると、エンジン音で気づいたのか、苛ついた様子の横島がすぐに出てきた。

 

「ヘルメットを見せろ」

 

差し出すとヘルメットを確認し、すぐに返す。

「これじゃない。くそっ、やっぱ手塚だ。あいつ俺のヘルメットをすり替えやがった」

 

手塚は配達が遅いのでまだ時間がかかっているようだ。

「マキヤ、これ行ってくれ。手塚があと5分くらいで戻ってくるから確認する。俺はそれまで配達に行かん」

 

マジかよ行けよと思いながらも、まあ黙ってる俺も同罪かと諦めて寿司を積んでいたところ、Aヘルメットを付けた手塚が戻ってきた。そのエンジン音で、すぐに横島が飛び出してきた。

 

「手塚くーん、ヘルメットを見せてくれるかな? ん?」

 

怒りでキャラがよくわからなくなっている横島が手塚に詰め寄る。

ただ、実際にAを最初に手にしていた手塚も強気で応える。

 

「なんですか。コレは僕のですよ」

「俺のヘルメットは横に小さいシールを貼っているんだよね」

「えっ」

 

そこまでしているのか。知らなかった。なんて小さいんだ。

 

「てめえじゃねえか!!」

「違うんですよ! 元はと言えば最初に!」

「うるせえ! 知るか! 返せ! ぶっ殺すぞ!」

 

中学生みたいな語彙力の横島が、手塚のメットを奪う。

 

「返せよハゲ!!」

「はああああぁぁぁぁ!?」

「あっ」

「絶対許さん。後悔させてやる」

 

手塚は怒りのあまり地雷を踏んでしまった。

もう横島と交渉の余地は無い。手塚は観念した様子でBを持ち、僕の所に来た。

 

 

「犯人は横島じゃなかった。吉崎は遅れてきたから多分Cだ、すり替えられたのはBだから、犯人はお前か、店長だ。白状しろ」

「いや、俺は普通に棚からAを取ったよ。店長か、あとシールなんかどうにでもなるだろ」

「確かに店長の可能性は高いが、お前の可能性もある。俺のBと交換しろ」

「絶対に嫌だ」

「くそっ 店長はどこだ」

 

店長は基本的にあまり配達に行かない。その為、勝手に人のヘルメットを使って1回の配達に出ることが多かったので、わりと真っ先に疑われやすかった。

そして、1つすり替えが発生すると、Aを使っている人間は全員が容疑者になる。

 

ヘルメット1つで人間関係が悪化していく。

誰も信じることが出来ない地獄が始まった。

 

11:30

 

その日、配達先で変なおっさんに捕まった

「兄ちゃん、俺、なぞなぞ持ってるけど?」

と言われた。だからなんだ。次の配達が控えるので躱そうとしたら、即座に出題された

 

「第1問! 快速電車は、男でしょうか、女でしょうか?」

 

第1問……? 嘘だろ……?  まさか2問目以降があるのか……?

なぞなぞが連続する可能性に恐怖を覚えながら考える。なんだろうこのなぞなぞは、不思議と答えが気になってしまう。快速電車の性別? なんだそれは? わからない。でもなぞなぞだから、知識とかじゃない、なんか簡単な、解くキッカケのようなものが、なんだろう。見た目か? 電車の連結部分は少し女性っぽいか……?ドラゴンカーセックス的な……いやいやいや、ヤバい性癖の持ち主みたいな思考になっていた。危ない。快速電車か、ここが鍵だなきっと。ただの電車ではなく、快速電車、、、性別……? ダメだ、わからない。そして次の配達に行かなくてはいけない、悔しいが降参することにした。

 

「すみません、わかりません」

「ガハハハ」

「答えだけ教えてください」

「男だよ! エキを飛ばすからな! ガハハ」

 

 

クソ下ネタだった。答えの完璧じゃない感じにモヤモヤしながら最後の配達に向かう。第二問!とか言われなくて本当に良かった。

 

 

なぞじじいとの対決から戻ったら吉崎が狼狽えていた。

 

「僕のヘルメットが! すり替わったんですけど!」

 

……どういうことだ?

コイツは一番最後に来たから間違いなくCを使ってるはず。

 

「え? だってお前Cだろ?」

「さっき見たらBに変わってました!」

「なんでだよ、何で良くなるんだよ。そのパターンあるのかよ」

 

吉崎はウキウキした様子でBを装着し、エンジンをかける。

 

 

「Cの後だとBもいいもんですねー! 最近はAばっか使ってたから気づかなかったなー!」

 

 

なんて心が綺麗なんだ。

当たり前の様にAをヘルメットを着けながらそう感じた。

さっきBを押し付けあっていた僕らには、遮光していても眩しいくらいだった。

 

12:15

 

帰還し、すぐに次の配達があった。

地図を確認していたら、Cヘルメットを付けた手塚が帰ってきた。見た瞬間笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「なあ、吉崎を見なかったか……?」

 

 

手塚の目は完全に据わっていた。斜めから見ると頭に寿司を乗せているみたいだった。

 

「さっきCからBになったって喜んでたよ」

「あの野郎……殺す……燃やしてやる…」

「あと手塚の次の配達、一番遠い所だったよ」

ブチ殺す……泣いたり笑ったり出来なくしてやる……」

 

 

手塚はCメットを装備して、往復1時間かかる区域に配達に向かった。

後ろから見ても結構面白かった。

 

12:45

 

戻って店に入ったら吉崎が桶を洗っていた。

 

「手塚マジで切れてたぞ」

「え? 僕変えてないですよ」

「ええ、じゃあ横島かな、さっきもめてたし」

「なんか勝手に変わってたんです。今もうAになりましたけど」

「なんで??」

「店長がもう休憩入ってて、今日はもう昼配達出ないらしいんで貰いました」

 

じゃあもう誰もCなんて使わなくていいんじゃないか。手塚は今頃、国道の大通りをあのヘルメットで疾走しているのか。

遠い手塚に思いを馳せていたら、吉崎が笑顔でこう言った。

 

 

「謎掛け思いついたんですけど披露していいですか?」

 

遅刻したのに難なくAをGETした彼は呑気なものだった。手塚は早く来てあれだけの目に遭っているのに。でも謎掛けはちょっと気になる。

 

 

「聞きたい」

 

「寿司屋とかけまして! 枕と解きます!」

 

「おお、その心は!」

 

 

 

 

 

 

「どちらも、海の匂いがするでしょう」

 

 

 

普段どんな枕使ってんだよ

お前の枕だけだよ

 

 

 

配達に出る吉崎と洗い場を代わる。楽しい時間だった。まさか数カ月後に立ちションでクビになるなんて思ってもいなかった

 

5分後に配達が合ったので少し桶を洗ってジャイロに向かったら、僕のAヘルメットが、無くなっていた。

すり替わっていたとかじゃなくて、無かった。意味がわからない。くそ謎掛け聞いてる間に無くなってた。

 

駐車場のジャイロは僕の1台だけ。どういうことだ。配達に出れない。

 

……僕の1台だけ?

 

店長は? 休憩中では?

まさか、コンビニとかに……?

裏口から出てヘルメット忘れて横にあった俺のを……?

 

 

店長室に駆け出すと、さっき吉崎が渡したのだろう。

Bヘルメットが店長の机に置いてあった。

 

 

 

膝から崩れ落ちた

 

 

止む無くBヘルメットで配達に向かった。大きく重く、頭がグラグラする。やはりAだ、A以外で仕事をする気になんてなれない。帰ったら絶対に取り返そう。

 

13:20

 

Aを回収する事だけをモチベーションに店に戻ると、手塚がAヘルメットを付けて、箒を持ち、門番のように店の前に立っていた。

 

「どうしたんですか……」

「俺はここにいる」

「なんでだよ、入れよ」

 

「嫌だ! 俺はもう誰も信用しない! コレは俺のなんだ!」

 

 

 

手塚が洋館で最初に死ぬ奴みたいなセリフを吐く。しかし洗う桶が結構溜まっていたので、店長に怒られてしぶしぶメットをジャイロに置いて洗い場に入っていった。

 

僕は次の配達が時間ギリギリだったのですぐ向かおうとしたが、現状、俺のメットがBのままだ。

店長が戻ってきているってことはさっき勝手に使われた俺のAがあるはず。もうこのBは使わないわけだ。

僕は忌々しいBを倉庫にしまった。そしてさっき店長に奪われたであろうAを……

 

 

……!

 

手塚が馬鹿みたいに装備していたあのメット、あれが俺のでは? 店長とCと交換したのでは?

いや、絶対そうだ。横島と吉崎がAで配達に出ているんだから、あれが最後のAだ。まずい、このままでは俺がCに――

 

 

 

休憩室に行くと、予想通り、店長の机にCメットが鎮座していた。店長は昼休憩の間戻ってこないからこれはしばらくこのままだ

 

配達の時間も近い。とりあえずそれを手に取り、心のなかで天使と悪魔が戦う。

 

悪魔「Cはそもそも俺のじゃない。Bだって不可抗力だったわけだ。なのに俺がCになるのはおかしい、本来は吉崎のものなんだから。大体あのAは俺が朝から使っていたAで、店長が勝手に使ったから店長が持ってて、手塚のCと交換したんだ。本来の使用権利は俺にあるヘルメットだ。だから、いい。手塚のジャイロのAとこれを替える権利が俺には有るはずだ」

天使「そうだそうだ!」

 

 

 

僕は手塚のAとヘルメットをすり替えて、配達に出た。

そして手塚から疑われた時用に、横に小さいシールを貼った。横島はずっとAを使っているしここの手塚用のアリバイが作れれば問題ないはずだ。

 

後の事は知らない。どうせ14時から昼休憩だ。リセットされるはずだ。

 

すり替わりすぎて誰を恨めばいいかもわからない。

誰が悪いのか、みんな悪いのか、悪くないのか

怒りのやり場の無さ、誰を恨むのが正解なのか

 

13:50

 

帰ってきたが、新規の注文も入ってなかったので、電話番を任せ休憩に入った。

昼食を買いに出ようとしていたら、Cヘルメットの横島が帰ってきた。実によく似合っていた。

手塚がすり替えたのかな、そのダサい姿とは裏腹に、目がマジだった。本気で怒っている人間の眼をしていた。

 

「ヘルメットを見せろ

 

またか、だがコイツから取ったわけじゃないから問題は無い。

堂々と見せようとした。そこで自分で貼ったシールに気が付いた。

まずい、これ俺だと思われるのでは……?

 

「どうした? 早くしろ」

 

 

横島の帰還時、俺は配達でいなかったが、このシールについては追及されるだろう。横島は盲目状態だからシールが貼ってあるというだけで自分のだと思うはずだ。

1つがずれると、全てがずれていく。

負の連鎖はこうして起きていく。

 

どうすれば証明できる、僕が自分で貼ったシールだと。

無理だ、手塚が帰るまで証明できない。

そしてあいつも二度同じミスはしないはずだ、シールを剥がしている可能性の方が高い。そしたら俺が完全に犯人になる。俺は自分の物を取り返しただけなのに

怪訝な顔で横島が見つめる。蛇のような瞳が僕を睨む。

 

「お前なのか?」

 

逃れられない。

仕方ないのか、これは、因果応報というやつか。

 

震える手でヘルメットを差し出す。そこで思い出した

 

「あ、快速電車は、男でしょうか、女でしょうか?」

「快速電車ぁ……?」

 

やはり、このなぞなぞは、何故か聞くと気になってしまう。

一瞬の隙を突いて爪でシールを剥がし、笑顔でヘルメットを提出した。

答えを教えたら結構不機嫌になっていた

 

 

 

14:00 昼休憩

 

横島がノートに朝からのヘルメットの変遷を纏めた。人狼みたいな状態になったが、犯人は炙り出された。

 

最初にすり替えた犯人は、ずっとCヘルメットで午後の配達をこなした。

全員の前でヘルメットが確定したら、逃れようが無い。こうして職場に、朝礼という文化が生まれた。

 

 

長い争いの怒りは、最初に争いを起こした人間に向くみたいだ。

 

 

 

【回答欄1】

Q.1 最初にヘルメットをずらしたのは誰か

 

 

 

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