黒っ!
冒頭から、まるで鉄鉱石のように真っ黒い唐揚げの写真で失礼いたします。いや黒いですね。本当に黒い。これ、お母さんがドジってオーブンに唐揚げを入れっぱなしにしたわけでも、松崎しげるさんの肉を使ってるわけでもなく、ちゃんとしっかり「旨い」唐揚げなんです。
本日はこんな珍しい「真っ黒な唐揚げ」が食べられる店があると聞いて、八重洲にあります「otanto」にやってきました。申し遅れました、わたくしライターの原宿と申します。一体こんな闇属性の唐揚げを作ってしまうのは、どのような方なんでしょうか?
『料理人・W』……というのが、どうやらその方のお名前らしいですね。っていうか、めちゃくちゃミステリアスだなこの看板。通された席で、いきなり命を賭けたゲームが始まっても、うっかり受け入れてしまいそうな雰囲気があります。
W……一体何の略なのか。「そりゃああなた、ワイルドのWですよ、ガハハ」とか言われて肩組まれたらちょっと友達になれなそうだな…などと思いつつ、おそるおそる入店すると……。
スッ……
颯爽と柱の陰から登場したこちらのダンディな方が、「料理人・W」こと渡邊一史さん。なるほど、Wって渡邊のWだったんですね。
「本日はよろしくお願いします」と挨拶すると、いきなり店の奥から段ボールを運んできて「今ね、ちょうどお店に出す無農薬野菜が鎌倉から届いたんだよ」と笑顔で開封し始めるWさん。
「これ、A級のキュウリ。Aを知ったらBに戻れなくなるキュウリ」と言いながら、一本のキュウリを僕に差し出してくれました。
A級のキュウリ……『幽遊白書』の強さの序列で言えば、人間界にやってくる前の蔵馬や飛影と同じなわけですが、いやいや、キュウリの美味さなんて「言っても」じゃないですか? 普段食べてるキュウリとそんなに違いがあるわけ……
A級。
食感といい、甘さといい、みずみずしさといい、普段食べてるキュウリとは断然違います。うんまぁ~。
Wさんに感想を伝えると、「ズルいよね~」と一言。うん、ズルいです。確かにズルいキュウリですこれは。こんなにズルい素材を使った料理……否応なく期待が高まってきますねこれは!
ちなみに「生で食べられるトウモロコシ」も食べさせてもらったのですが、トウモロコシなのに、味が完全にブドウか梨みたいだったので、こちらも“ズル”かったです。
見たことない肉じゃががスゴイ!
Wさん曰く「何でも頼んでいいよ~」とのことだったので、メニューを見て気になった「自家製ハムで肉じゃが(1600円~)」を頼んでみました。ハムの肉じゃがっていうのはちょっと食べたことないですよね。
やってきたお皿がこちら。え? いやいやいや、「じゃが」じゃん。「じゃが」部分だけじゃん。Wさん、肉は一体どこに……?
ドン。
それは一瞬の出来事でした。ふと気が付くと、Wさんは僕の隣で大きな肉塊からハムを削ぎ落としていたのです。
自分は「肉じゃが」を頼んだはずでは…? 一瞬、目の前の現実が受け入れられず立ちすくむ僕。
ちょっとWさん! どういうことなんですか! 材料的に間違っちゃいないかもしれないけど、この料理を肉じゃがと呼んでいいんですか!?
ひょい。
あむっあむっ。
うわっ旨。
噛めば噛むほど、抜群の塩気と閉じ込められた旨味が口の中に染み出してくる……まさに旨味のプリズン・ブレイク……。主演はうめントワース・ミラー……。
旨いならもう、これはこれでいいかあ……。
こうやってバルサミコ酢ソースがかかった新ジャガと、旨味の塊であるハムを一緒に味わうのが肉じゃがでいいかあ……。
旨いからもういいかあ……これが肉じゃがの新しい形でいいかあ……。
旨いでしょ? うち、味の素使ってないけど旨いよね?
めちゃくちゃ旨いです!このハム、ハーブが効いててほんとに旨いなあ。
うん、味の素は使ってないんだけど、昭和通りにある味の素本社の裏に生えてる桜の葉っぱ使ってるから。
いや何でそんな葉っぱ使ってるんですか!っていうかとってきていいの?
いいのいいの、日本人は葉っぱには結構寛容だからね
そういう問題? と思いましたが、とにかく味の素本社に生えてる桜の葉っぱで香りづけされた豚のハムがめちゃくちゃ旨かったことは確かです。他に、近くのセブン-イレブンの前にある桜の葉っぱも使って漬け込んでるらしいです。どういう調理法なんだ一体。
うんちくがなんかスゴイ!
お次のメニューはこちら。「自家製 うに豆腐(720円)」です。
まるで茶碗蒸しのような見た目ですが中身はお豆腐。ふるふるした身を木のスプーンでいただくと……
うーん、上品な味。チーズのような風味が抜けたあと、豆腐とウニの旨味がスッと広がります。これは例えて言えばそう……
コトリ。
いきなり僕の目の前に、木のスプーンと金属のスプーンが載せられた皿が差し出されました
Wさん、これは一体……?
金属のスプーンの方でも食べてごらん。味が違って感じると思うよ。
ええ!? スプーンの素材で味って変わるもんなんですか?
半信半疑で金属のスプーンの方でもウニ豆腐を味わってみると……あ! 確かに違う! 木のスプーンで食べた時よりも冷たいというかこれは……
堅いでしょ?
あ、確かに堅いかもしれません。
木と鉄と、どっちで食べる方が好きだった?
僕は木の方がなんか好きでしたね。木の方が味の広がりを感じるというか……。
うん、これは僕の10年以上いろんなお客さんに聞いて分かったことなんだけど、木のスプーンで食べるのが好きな人は母乳で育ってるんだよ。
ええっ!? そんな赤ちゃんの頃の経験が関係あるんですか?
うん。で、鉄のスプーンで食べるのが好きな人はピジョン、つまり哺乳瓶で育った人だね。だからくちびるに堅いのが当たるのが好きなの。
うわー、今までそんなの気にしたこともなかったですよ……っていうか母乳で育ったのか哺乳瓶で育ったのかも知らないんで、ちょっと母親に確認してみますわ……。
※確認の結果、木のスプーンが好きな原宿は確かに母乳で育っていました。これはたまたまなのか、それとも……。皆さんもおうちで試してみてください!
真っ黒いからあげがスゴイ!
で、冒頭の「黒唐揚げ(720円)」です。改めて見ても黒いですね。
10ミクロンにまで粉砕した竹炭パウダーを唐揚げにまぶし、一度揚げた唐揚げをさらにオーブンで焼いて余分な脂を落としているヘルシーな一品だそうです。竹炭には血流を良くしたり、免疫力を向上させたりする効果があるそうなので、見た目とは裏腹に実は健康食品?
食べると パリッ、サクッ、ジューシー。竹炭の品の良い香ばしさも感じられて、唐揚げの旨さを残しつつも、胃が重たくならずどんどんいけちゃうバランスの良さ。
いや~、こんな唐揚げ今まで食べたことなかったです……。
俺は10年前から出してるけどね。うちのメニューって、あえて10年遅らせてるのよ。本気出したら先に行き過ぎちゃって、みんなついてこれなくなるから。だから「最先端」のメニューを食べたかったら、うちでは「おまかせ」で注文するのがオススメです。
なんか憎たらしいけど、実際旨いし最先端のメニューも食べてみたいから悔しい!
〆までやっぱりスゴイ!
さて、散々食べた後は優しい〆を。こちらデザートの「W 特製プリン(720円)」です 。カラメルソースには「塩醤油」を使っており、和風な仕上がり。このプリンを食べる時には、ある“決まり”があるそうで……。
それは一口食べた後に、こちらの「福寿園のお茶」を 飲むこと。これを交互に繰り返すことが、口の中に極楽浄土を生むのだそうです。
Wさんの力強い視線を感じつつ、さっそくプリンを一すくい…。
ぱくり。
はい、お茶!(ビシィッ)
こんなにマンツーマンで〆の食べ方を指導されるなんて初めて!
しかしこちらのお店ではWさんが神です。言われた通りにあまじょっぱいカラメルソースを味わった後、お茶をひとすすりすると……
はぁぁぁぁ~、すごい充足感! 思ったよりしょっぱめのソースが、ほどよく苦味のある緑茶に洗い流されて……なんかよくわからんけど、生きててよかった!
いいよね。
いいです……。プリンのカラメル、思ったより力強いしょっぱさでしたけど、このぐらいでも旨いですね。
うん、これはわざとしょっぱくしてあるの。なぜならお客さんに帰りにラーメン食べさせないため。デザートにこのぐらいしょっぱいもの食べると、満足しちゃって「今日はラーメンはいいや」ってなるんだよね。だから「この店で食べた後は何だか次の日が楽」って言ってもらえるし、またきてもらえる。
なるほど! おいしい上に、お客さんの身体のこともちゃんと考えたメニューばっかりなんですねえ。
僕は健康はお金で買うものと思っていますからね。安くて旨いものはいくらでもあるけど、本当に身体に良くて美味しいものを食べたい人はうちにきて欲しい。今に太陽光もお金で買って、自分の畑にたくさん日光当ててやろうと思ってますから。
え!? 太陽ってお金で買えるようになるんですか?
なるよ。
ハムの肉じゃが、黒唐揚げ、塩醤油のプリン……八重洲「otanto」では見たことも無いような斬新な料理が味わえる一方、Wさんこと渡辺さんの豊かな知識に裏打ちされた薀蓄やトークを聞くのも大きな楽しみです。世間一般にはまだ降りてきていない食のネクストステージが知りたい方はぜひ一度ご来店ください!
いや~食べた食べた。食べたし勉強にもなった。あれだけ肉を食べたのに、心なしか身体も軽いですね。文字通り、たんと食べても大丈夫な八重洲のotanto、オススメです!
それでは、みなさんまたお会いしましょう!
今回のお店
ライター:原宿株式会社バーグハンバーグバーグ所属。ご飯をよく噛むオモコロ編集長として活動中。Twitter:@haraajukku