こんにちは、恐山と申します。
真剣な話なので、ここからはですます調をやめたいと思う。
私は手際がおそろしく悪い。そして不器用だ。
どれくらい不器用なのか。
ためしに折り紙でツルを折ってみたら、こうなった。人に見せたら「クレープ屋のゴミ箱」と呼ばれた。屈辱である。手際がよくなりたい。
ところで、「手際がいい職業」といえば寿司職人ではないだろうか。
魚をおろし、酢飯をつかみ、にぎる。彼らはその動作に生活をかけているのだ。プロのテクニックは職人の「手」に集約されているともという。満足に卵も割れない不器用な私とはまさに対極の世界に住む天上人。それが寿司職人なのである。うらやましい。
「私だって旨い寿司を握れるようになりたい」
でも、私は不器用だ。今さら板前修業を始めるのも気が引ける。
ああ、私にも寿司職人の「手」さえあれば……。
……なら、寿司職人の「手」をゲットすれば、素人でも旨い寿司が握れるのではないだろうか?
寿司職人を呼ぶ
そこで、プロの寿司職人に来てもらった。
世田谷、祖師ヶ谷大蔵にある「菊寿司」の小林さんだ。
小林さんの握った寿司がこちらである。なんだこの見てわかる戦闘力の高さは。どう考えても旨いに決まっているが、いちおう食べて確かめてみたい。
いただきます。
「参りました」
思わず投了してしまうほど旨かった。
回転寿司チェーンはよく利用しているし「最近はすごく美味しくなったな」と感じていたが、職人が握った寿司は「美味しさ」の軸がまた違う。襟を正してお辞儀したくなるような美味しさなのだ。
寿司職人に秘訣を訊く
まず手を奪いたいことは伏せて、小林さんから話を聞いてみることにした。
――寿司は絶品でしたが、寿司が旨いのは「ネタが旨いから」ではないんですか?
「もちろん良いネタを仕入れることは旨い寿司の絶対条件ですが、それだけでは美味しくなりません。『にぎり方』で寿司の味は大きく変わります。シャリの量や密度、温度などですね」
――なるほど。ところでプロの寿司職人は、安い回転寿司のことをどう思っているんですか?
「自分で作っているのでお店に行くことはあまり無いですが、回転寿司は回転寿司で美味しいものだと思います。機械で作っているためシャリの大きさや硬さが安定しているのは、回転寿司ならではの長所ですね」
――なるほど。手作業だと職人さんの技術の差で味が大きく変わってしまう。だからこそ技術が重要になってくる。寿司職人にとって「手」は重要なんですね。
「とても重要です。シャリの量や握り方を感覚でおぼえる必要がありますし、手の熱で寿司がぬるくなると味が落ちるので、手際も身に着けないといけません。もともと体温が低い人は寿司職人に向いているかもしれませんね」
――私は代謝がよすぎて平熱が37度近いので、厳しい話ですね……。寿司はどうやって握ってるんでしょうか?
「こんな感じで」
――プロの動きだ! ちなみにフォークボールはどうやって握るんですか?
「こうですね」
――なるほど。
――あと、手がかなり大きいですよね。このパーならチョキに勝てそう。寿司の握りすぎで大きくなったんですか?
「生まれつきです。ただ、大きい方が握りやすいというのはあると思います」
――なるほど。寿司職人とって「手」が重要なのがよくわかりました。
――ところで、その「手」、私にください。
寿司職人の手を奪おう
しかしここでトラブルが発生した。「手を取られるのは困る」と小林さんにワガママを言われてしまったのだ。
そこで、手の「コピー」をとることになった。
協力してくれるのは、主に映像制作を仕事とする株式会社BUDDHA(ブッダ)の神崎さんと山田さんだ。映像制作のプロなのに「寿司職人の手をコピーしたいんです」と頼んだら快諾してくれた。本当に映像制作のプロなのだろうか。
まず、型とり用シリコンの粉を水で溶いてグチャグチャにかき混ぜる。独特のにおいが何かに似ているなと思ったが、歯医者で歯型をとるときに噛まされる変なガムみたいなアレだと後で気づいた。
手の周りにシリコンを注いでいく。小林さんは終始「なぜ?」という顔をしていたが、寿司職人の手をコピーするという目的のうえでは必要な犠牲だ。これが文字通り「手を貸してくれている人」である。
ズブチュ
「寿司を握っているときの手」を維持してもらい、固まるまで20分ほど放置する。もう片方の手でも同じ工程を繰り返した。
余談だが、最初にじっくりインタビューをしてしまったせいでこのとき話すことがなくなった。次に寿司職人の手をコピーするときは気をつけたいと思う。
シリコンが固まったので引っこ抜くと、見事な寿司手孔(すししゅこう)ができた。
だが、これで完成ではない。ここにさらに石膏を注ぎ込んで固め、それをさらに型取りし、できた穴に丈夫なシリコンを注ぎ込むという面倒な工程を経て「寿司職人の手」は完成する。
あとは株式会社BUDDHAの2人を信じて待とう。
「寿司職人の手」完成
数日後。「手、できましたよ!」という連絡があり、株式会社BUDDHAの2人がまたやってきた。
果たして結果は……。
うわーーーーーーーーーーーーーーー
手だ。
すごい。
想像していたよりもずっとリアルな「寿司職人の手」が完成していた。血管の膨らみはもちろん、手相や指紋までカンペキに再現されている。手だけになって、改めて大きさを実感した。ついに寿司職人の手を手中に収めたぞ。
「寿司職人の手」を持つと程よい重量感があり、触りごこちはパンのようだ。プルプルと弾力があるのに丈夫で、ムチャな形に折り曲げても平気である。これはすごいぞ!
さっそく、これを使って寿司に挑戦してみよう。
寿司をにぎろう
まず酢飯を用意する。準備は万端だ。
比較のために、最初は自分の手を使って寿司をにぎってみたい。
「……?」
正直言ってナメてかかっていたのだが、これが難しい。量の加減がわからずシャリを足しすぎてしまう。寿司を作りたいという意に反して、手の中でみるみるうちに「さしみオニギリ」のようなものができあがっていく。
「ヘイお待ち」
誓って書くが私はこのとき一切ふざけていない。本当にこれが私の実力なのだ。食べてみると、あきらかにシャリが多すぎた。1カンでおなかいっぱいだ。それに、握りすぎて米と米がギチギチに詰まっていて、ネタの柔らかさと噛み合っていない感じもする。
さて、「寿司職人の手」を使うとどうなるだろうか
さっそくコピーした手を使って寿司を握ろう。食べ物を扱うので手のコピーはよく洗浄してある。服装はもちろん寿司職人をイメージしているのだが、撮影に立ち会った人は小さな声で「マッドドクター…」と言っていた。
……おや、さっそくお客さんが来たようだ。
「いらっしゃい! 何握りやしょう!」
「大将! マグロね!!」
「あいよ!!」
ぬさっ
ギュッ
シャリ、ネタ、セットオン!
合体!
「へいお待ち! マグロ一丁!」
「…………」
「味に集中できないけど、多分うまいと思う。きっとそうだと思う」
結論
並べてみると一目瞭然だが、寿司職人の作った寿司には見た目でも触感でも遠く及ばない。やはり職人の修行には意味があるのだ。
だが、素手で握るよりも手のコピーを使ったほうがおいしくできていた。コピーを介することで動きが慎重になり、シャリがふんわりと握れたのだと思う。
また、寿司職人は体温が低い方が美味しくにぎれると聞いたが、手のコピーには体温が無い。そのため寿司がぬるくならず、味が落ちなかったのだろう。
手のコピーで寿司職人並みのクオリティ、とまではいかなかったが、全く無意味というわけでもなかった。
というわけで、結論は「不器用がそのまま握るよりマシ。だけどプロにはかなわない」である。素直にプロの技術に頼るのがおすすめだ。
だが「度を越して不器用だけど自分で寿司を作りたい」という人は、お近くの寿司職人の手をコピーしてみるのもいいかもしれない。
その他の活用法
ちなみに、肩に「寿司職人の手」を乗せて写真を撮れば、
誰でも簡単に心霊写真が撮れる。
撮影に協力してくれたインターン生の神田くんは「実家にこの写真送ります」と喜んでいた。
また、このように切り抜いた下敷きを重ねて使うと、
時空を超えて寿司をお届けする「超次元寿司屋」になることもできる。お試しあれ。
使ったら手を洗おう。
ライター:ダ・ヴィンチ・恐山
株式会社バーグハンバーグバーグ所属。不器用なので、カップ麺に湯を注ぐのも失敗する。
撮影協力:菊寿司 / 株式会社BUDDHA